龍飛旅館で完泳証を手に女将さんと記念撮影

by Harashita Sunaoshi

シュリチンモイ・マラソンチームには、瞑想で内的に精進しつつ、外的に自分の限界を超え続けるべく、様々なチャレンジをしている人たちがたくさんいます。その中でも今度来日するプラディープのように3100マイルレースに挑み、完走する人たちというのはみんなにとって本当に素晴らしいインスピレーションです。同じようにある意味超人的なチャレンジに、ドーバー海峡 (English Channel) など、世界の難関とされる海峡を横断する、というのがあります。

 

オーシャンズ・セブンと津軽海峡

英語ではプールでの競泳と区別して、Open Water Swimmingなどとカテゴリー分けされていますが、その中でも海を泳ぐオーシャンスイム界では、世界の海峡の中でも特に難関とされる7つの海峡をピックアップし、合わせてOcean’s Sevenと称し、この7つ全部を制覇すべく、強豪スイマーたちが日々挑戦を続けています。青森県にある津軽海峡はこのオーシャンズ・セブンの一つで、毎年世界から挑戦者が訪れます。

実は去年私は幸運にも、チェコの友人アベジャリがこの津軽海峡横断泳をするのをヘルプするという貴重な体験に恵まれました。1年以上たった今でもとても鮮やかな思い出として心に残っているので、その時の話を今日はしたいと思います。

まずはこの7海峡ですが、津軽海峡横断泳のサポートをしているオーシャンナビのウェブサイトによると

  • (1)カタリナ海峡 (33.7km/アメリカ:サンタカタリーナ島~ロスアンゼルス間)
  • (2)アイリッシュ海峡(33.7km/アイルランド~スコットランド間 )
  • (3)クック海峡(26km/ニュージーランド北島~南島間)
  • (4)カウワイ(モロカイ)海峡(41.8km/ハワイモロカイ島~オアフ間)
  • (5)ドーバー海峡(34km/イギリス~フランス間)
  • (6)ジブラルタル海峡(14.4km /スペイン~モロッコ間)
  • (7)津軽海峡(30km /本州~北海道間)

となっています。それぞれ環境は違いますが、プールなどで行う競泳とは全く違った準備や水泳力、体力、気力が求められます。ちなみにアベジャリは津軽海峡が4つ目にあたる挑戦で、その前にすでに (1) (5) (6) の3つを制覇していました。

 

ウジョギニが見守る中、泳ぎ続ける。白いノボリが船に近い水中に見える。

ウジョギニが見守る中、泳ぎ続ける。白いノボリが船に近い水中に見える。

海峡横断泳と普通の競泳の違い

私自身は泳ぎが全く苦手なので専門的なことはよくわからないのですが、今回の体験からわかったことは、まず海峡横断泳の場合、タイムは問題ではなく、完泳できるかが大事だということです。なぜなら、その日の潮の具合や水温、サメやクラゲなどの発生具合、台風接近などなどの影響で泳ぐ環境が大きく左右され、一体何時間あれば泳ぎきれるのか予測がつかないからです。しかも天候を見てスタート時間を決定するので、出発が一体いつになるのかも直前まではっきりしません。その間集中力、ポジティブな精神状態、体力をベストに調整しておく、などが求められます。

さらに一旦泳ぎだしてからも、潮の流れが変わったり、船酔い(というか泳ぎ酔い?)したり、クラゲに噛まれたり、水温が下がって非常に寒くなったりと、様々なことが起こります。どんな状況になってもすぐに対応策を編み出し、諦めず、誘導してくれる船長さんを信じてとにかく泳ぎ続けるスタミナと精神力が不可欠です。そして、泳ぐ本人、船上でヘルプするスタッフ、船長さんとオブザーバーみんなのチームワークがとても重要になってきます。

 

アベジャリのドーバー海峡横断体験談

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ここでオーシャンズ・セブンに挑戦し続けているアベジャリのインタビューを紹介しますので、英語のわかる方、よかったらご覧になってください。ここでは最初に制覇したドーバー海峡横断泳の体験と瞑想との関係について、語っています。英語のわからない方のため、概訳を書きますね。

アベジャリ・ベルナドバ:

ついに北海道が眼前に!ラストスパートの数キロ

ついに北海道が眼前に!ラストスパートの数キロ

「なんでこんなことをするの?とよく聞かれます。もちろん海峡横断自体も素晴らしいのだけど、実は私にとって一番は自分をもっとよく知るためなんです。自分にとって居心地のいい範囲のことしかしなかったら、自分の一番良い資質が出てくる機会がないでしょう。外的に限界に挑戦することで、内的に自分を超える機会をいただけるんです。」

遠泳を始めたきっかけは?

「最初はランニングから入りました。シュリ・チンモイはランニングを奨励するでしょう。瞑想ワークショップに行き始めて、ランニングの話を聞いて走ってみたけど、5分で疲れてしまったのを覚えてます。でもそのうち、3キロ、ハーフマラソン、フルマラソンと走れるようになり、地元プラハで6時間レースや12時間レースを開催するようになって、しばらくはランニングにはまってました。

ある時友人の一人がドーバー海峡を泳ぐことになって、私はヘルプに入るはずだったのだけど、『自分は単独で泳ぐには準備不足』と思ったのね。それでリレーをやらないかと誘われて、『いいよ』と引き受けてから水泳教室に行ったんです。自由形の。もちろんクロールはできたけど、30分か1時間泳ぐのが精一杯だったので、レッスンで随分助かった。

潮の具合が整う3週間ほど前にチームで出発点であるドーバーに行き試泳したのだけど、とにかく寒くて震えてました。水がとても冷たかったんです。リレーをする場合、水の中に2時間いられないといけないのに。

シュリ・チンモイはドーバー海峡横断について語っていて、その中で、「ドーバー海峡を横断した者は、ドーバー海峡の永遠の友達になる。」という一節があって、それを読んでからやろうと思ったんです。次の年チューリッヒ湖遠泳に参加して、ほとんどトレーニングなしで挑んだのに26キロ完泳できたんです。ドーバーは36キロだから、もしきちんとトレーニングしたら完泳できるんじゃないかと自信がつきました。それで翌年に予約したんです。」

瞑想の役割は?

「そうですね、これが大事なところです。海峡横断泳でもランニングでも、他の何でも、瞑想が大きな助けになっています。単独でドーバー海峡を泳いだ時、1時間も経たないうちに吐き気がしてきたのですが、完泳できないんじゃないかとか、水から上がったほうがいいんじゃないかという思いは全く湧きませんでした。なぜかというと、瞑想で得られる落ち着きと静寂を内側に感じていたからです。単独横断をした時、すでに瞑想を始めて16年でした。普通はドーバー海峡横断をする人は、2、3年前に予約して、厳しいトレーニングを積んで、他の遠泳もしてから臨むんです。私は全く逆の順番で挑んだわけです。1番の難関を最初にやってしまった。でも素晴らしい内側のトレーニングはもう既に16年も積み上げてきていたわけです。」


 

水島船長とオブザーバーのオーシャンナビ東海林さん

水島船長とオブザーバーのオーシャンナビ東海林さん

津軽海峡での体験

津軽海峡横断泳は毎年夏の短い間しか行われません。その期間内に希望者を割り振っていくため、一人当たり2日しか割り当て日数がなく、もしその日に台風など天候不順で船が出せない場合、どんなに遠くから来ても今回は諦めないといけません。アベジャリは2016年8月12、13日が割り当てられたのですが、その10日ほど前に来日しました。その土地と水に慣れるため、馴染むため、だそうです。来日前は毎週末6時間から10時間に及ぶ遠泳トレーニングを重ね、スーツケースには必需品をぎっしり詰めていました。東京在住だった私のところに泊まりつつ、湘南の海で泳いだり、海の神様を祀る住吉神社にお参りに行ったりして最初の数日を過ごし、数日前に青森市入りしました。当日の体調を最善に整えるため、食べるものにも細心の注意を払っています。ねぶた祭りの次の日に青森入りしたため、お祭りは逃しましたが、上位に入ったねぶたの展示準備に立ち会え、楽しんだりもしました。

今回のヘルプ・チームはアベジャリの妹さんのヤナ、その婚約者ティアゴ、オーストラリア人のウジョギニ、そして私です。竜飛岬の龍飛旅館に滞在して(とても明るくて頼もしい女将さんでした!ありがとうございます!)、打ち合わせを念入りに行います。アベジャリは慣れた様子で必要事項を説明してくれ、仕事の割り振りをしていきます。海峡横断では、必ず伴走する船があるのですが、津軽海峡横断では水島船長の操縦する漁船です。屋根もない小さな船で、船長さんは船に平行に流れるよう白いノボリのような布を水中に流し、遠泳者はそのノボリの真上を泳ぎ続けることで船と平行に進むことができ、正しい方角に進めるようになっています。

 

完泳直後、みんなで記念撮影。

完泳直後、みんなで記念撮影。

打ち合わせと出発!

龍飛入りしてすぐに水島船長さんとオブザーバーの東海林さん(オーシャンナビ)との顔合わせがありました。この時に、割り当てられた2日間のうちに泳げそうかという判断が下されます。ラッキーなことに、台風が去ったばかり、海も静かで、初日の12日に行けそうということになりました。その前の割当日に当たったヨーロッパのスイマーは台風で泳げず帰国しなければならなかったそうです。津軽海峡の波は午後になると荒れる、しかし真っ暗闇を泳ぐのはきついので、そのバランスをとって夜明け前3時すぎごろのスタートということに。でもまずスタート地点まで1時間ほど船で行かないといけないので、夜中の1時半集合になりました。

必要品を漁船に積み込み、全員オレンジの救命ベストをつけて、チェコの国旗を掲げて、いざ出発です。1時間ほどで出発点につきましたが、暗くてよく見えません。アベジャリは水着1枚にキャップ、ゴーグルで、ヤナに助けてもらい身体中に強力日焼け止めとオイルを塗っています。痩せ型の妹に比べ肉付きがいいのは低い水温にも耐えられるよう10キロ体重を増やしたため。準備ができたところで出発点の岩場まで平泳ぎで船を離れます。これから北海道にゴールするまで船には戻れません。東海林さんの合図でいよいよ出発です!

 

栄養補給

横断泳者は泳いでいる間伴走船に触ってはいけないのですが、30分に一度栄養補給をしなければいけません。どうやるのかというと、蓋が開け閉めできるペットボトルのような容器に流動食を作り、ボトルにロープをくくりつけて、投げるのです。量と内容に応じて2本投げる時もあります。それを水中で立ち泳ぎしながら飲みくだし、また泳ぎを再開するのです。空になったボトルはロープを引っ張って回収します。流動食の中身はその時の体調や水温によって変わってきて、補給時間10分ほど前に本人がリクエストしてきます。泳ぎに集中して疲れている時に外国語の英語を使うのは大変なので、この注文をチェコ語で聞いて流動食を作るのはヤナの役目です。

津軽海峡の水温は大抵低いので、体を温める必要があり、事前に小型発電機をレンタルし、ケトルでお湯を沸かしながら温かいオートミールや(西洋式)おかゆを作っていました。その中に、例えば足がつりそうだったらマグネシウム、酔っていたら酔い止め、といったようにサプリメントや薬を溶かしこんだりします。

でも楽しみも大事なので、時々「ご褒美入れて!」とリクエストが入ります。ご褒美っていうのは、アベジャリが好きなグミとか小さなのを数粒別のボトルに入れてあげるんです。あとは体を温めるのにも効果がある生姜の砂糖漬けもよく入れました。

 

自己統制と集中力

びっくりしたのは、一回の栄養補給に30秒というタイムリミットを自分で設けていて、それ以上かかっているようならペースアップしなければいけないので教えてほしい、というのです。なので毎回ティアゴがストップウォッチで時間を計り何秒かかったかチェックしました。

10時間以上、時には20時間以上かかることもある海峡横断で、そんな長丁場なのに30秒で飲むか40秒で飲むかで違ってくるのだ、とびっくりしましたが、そういう細かい努力とコントロールの積み重ねが完泳につながるのだと手伝っているうちにわかってきました。思えば3100マイルレースのランナーたちも、昼間に2回とる休憩を20分にするのか、25分にするのか、といった計算を細かくしているようです。5000キロを50数日で走る長丁場ですが、その5分の違いを調整していくことで完走できるかできないかにつながっていくようです。その自己統制と集中力をこんな長い時間継続できるというのが、両方ともすごいです。

 

信じること

津軽海峡横断のチャレンジの一つに、ゴールとは違う方向を向いて泳ぎ続けなければならない、というのがあります。潮の流れの関係で、船は北海道の岬を向かず、北海道を横に見ながら進んでいくのです。でもそれが正しい方向なのです。スイマーは船の横の水面下に流れる白いノボリを頼りにひたすら泳ぎ続けるのですが、息継ぎをするときに当然北海道が横に見えたりします。そういう状態が続いても、自分は正しい方向へ進んでいるのだと固く信じていかないといけません。また、今回も中間地点くらいで起こったのですが、潮に逆らう感じで泳がなければならない時があり、この間2−3時間は1時間あたり1キロしか進まない、ほとんど前進していない、という状態がありました。こういう時も、潮の流れが好転することを信じて、ひたすら腕と足を動かし続けるしかないのです。人生そのもののようです。

ヘルプの仕事の一つに、少なくとも一人は船の縁に座ってアベジャリを微笑んで見守らないといけない、というのがありました。私個人的にはこれが1番難しかった!例えばさっきのようなほとんど前進していない時、いろいろ船長さんに説明してもらうとつい顔が真剣になってしまう。そうするとアベジャリはそれを見て「なんかあったの?これって前進してるの?」と聞いてくるのです。スマイル見守りの役目は励ますこと、ポジティブなエネルギーを送り続けることです。睡眠不足や疲れも襲ってくる中、チャレンジの多い、でもやりがいのある仕事でした。時間のたつうち、これは自分が疲れたとかどうとかではなく、ただアベジャリの完泳のために自分を捧げるのが今の仕事なのだ、と感じるようになりました。海に瞑想し、大いなる自然に瞑想しアベジャリと心を一つにする内的な旅でもありました。

 

みんなの祈り

私のもう一つの仕事に、スカイプでグループを作り、世界中でアベジャリを応援している友人たちに進捗状況のニュースを送信する、というのがありました。いい知らせでも、「今ちょっと大変で進んでいない」という知らせでも、すぐに何件か励ましのメッセージが入ります。「みんなで応援してるよ!ゴーゴー!」とか、「あきらめないで!絶対ゴールできるよ!」とか。そうすると、それをホワイトボードにマーカーで書き、アベジャリが息継ぎで顔を上げた時読める角度まで持って行き、見せるのです。数回息継ぎすると読み終えるらしく、笑顔で合図してくれます。この励ましメッセージがとても力になるらしく、心待ちにしているようでした。また、祈りの力っていうのは強力で、みんなの祈ってくれているパワーを感じる、と本人は言っていました。そして友達の大半がいるヨーロッパが真夜中の時は、パワーがダウンしたのを実際感じた、と言っていました。

 

最後の数キロ

道中ずっと、水島船長さんが1番用心していたのが、東に向かっていく潮の流れに入らないように誘導するということでした。もしそこに入ってしまったら、北海道の南東部分の岸沿いに流されてしまい、近くまで来ているのに岸にたどり着けず少なくとも数時間泳ぎ続けないといけなくなるからです。潮の流れは本当に要です。中には悪い潮に当たって、スタートした地点に戻ってきてしまったスイマーもいるとか。

その難関をくぐり抜け、ようやく最後の3キロほどを残す地点に来ました。やっと北海道が眼前に見えるポジションになりました!白神岬というゴールのどこにでも到着すればいいのですが、理想的には灯台があるところがどんぴしゃりだとか。最後の最後になって、アベジャリはどうも灯台に到達できそうだ、とわかり、チーム一同エキサイトします。水島船長さんも、何人もスイマーを誘導してきましたが、灯台に到達できたのは今まで3人しかいなかったとか。最後の数百メートルは浅瀬になって船の伴走ができないので、アベジャリが一人で泳ぎ切ります。私たちは船から見守り、東海林さんがタイムを計るのに望遠鏡で上陸時間をチェックしています。

 

ついにゴール!

そしてついに、30キロを11時間7分58秒で完泳!やった!船上では全員笑顔笑顔!岸から泳いで戻り船にたどり着くアベジャリを皆で待ちます。上がってきた彼女とハグしたら、体が冷え切っていてびっくり!早速体を拭き、服を着ます。実は最後の数百メートルをティアゴがカメラとチェコの旗を持って一緒に泳ぎ、岸辺で記念撮影の予定だったのですが、ティアゴは泳ぎが得意なのにもかかわらず、飛び込んだ途端水があまりに冷たく心臓麻痺を起こすんじゃないかとパニックしてすぐ上がってしまったのでした。そんな中をずっと泳ぎ続けたアベジャリは本当に信じられない強さです。

それともう一つ、水から上がってきたばかりのアベジャリはなにかこの世のものではないような、神々しいものを放っていました。それを本人に言うと、「なんか、完泳した直後はそういうことが多いみたいなの。」とあっさりした調子でにっこり。インタビューにもあるように、泳ぎながら瞑想していたであろうアベジャリ。その内的な輝きが外に全開で放たれているようです。

 

龍飛旅館で

龍飛旅館に帰ってみると、女将さんが首を長くして待っていてくれました。無事完泳した旨を伝えると我が事のように喜んでくれ、本当にありがたくて嬉しかったです。それで女将さん曰く、津軽海峡は潮が読めなくしょっ中変わり、水も冷たいので、もし遭難したら死体は決して上がらないと地元では言われているのだとか。「泳ぐ前に知らなくてよかった」と笑いつつアベジャリ。お祝いにと食堂で一品サービスしてくださいました。どんなに大変なことを達成したか、地元の女将さんだからこその感慨と実感があるのでしょう。

アベジャリはその後子供のように熟睡し、目覚めた後ケーキでお祝いしました。私は通訳やレンタカー手配など雑用を担当したのですが、泳ぎに縁がないのにおかげさまで貴重な経験をさせていただくことができ、本当にありがたくて感動しました。人生の中の宝石のような経験の一つです。

 

アベジャリのその後

アベジャリはその後もオーシャンズ・セブンに挑戦し続けるインスピレーションに従い着実に前進しており、今年に入ってハワイのモロカイ海峡 (4) 、アイルランドとスコットランドをつなぐアイリッシュ海峡 (2) を完泳、7海峡のうち6つを制覇、ついにニュージーランドを残すのみとなっています。周りの友達は「フレー、フレー!」と笑顔で応援し続けています。とてつもなくエネルギーと勇気をもらえる素晴らしい友達です。私も自分自身の内的・外的成長を日々続けていかねば、と励まされます。